日本の夏の終わりから秋にかけて、草むらから聞こえてくる力強く賑やかな虫の音。
その代表格といえば「キリギリス」です。
古くから童話や和歌、日常の風物詩として親しまれてきた昆虫ですが、一言で「キリギリス」と言っても、実は日本国内には地域や環境に応じていくつかの種類や近縁種が存在します。
見た目が非常に似ているので、姿だけで瞬時に見分けるのは昆虫好きにとっても一苦労ですが、彼らが発する「鳴き声」に耳を澄ませることで、驚くほど簡単に種類を特定することができます。
この記事では、日本の代表的なキリギリスの分類、それぞれの形態的な特徴、生息地域、そして最も重要な判別ポイントである「鳴き声の違い」について解説します。
キリギリスとはどんな昆虫?
キリギリス(バッタ目キリギリス科)は、雑食性で非常に逞しい生態を持つ昆虫です。
トノサマバッタなどの一般的なバッタ類と姿が似ていますが、大きな違いがいくつかあります。
- 長い触角
体に比べて非常に長い触角を持っています。 - 鋭い大顎と脚の棘
他の昆虫や小動物を捕食する力強い顎と、脚に生えた鋭い棘(トゲ)を備えています。 - 鳴き仕組み
オスは前羽をすり合わせることで大きな音を発生させ、求愛や縄張りの主張を行います。
以前は日本全国にいる大型のキリギリスは単に「キリギリス」という1つの種として扱われていましたが、研究が進むにつれて鳴き声や遺伝的特徴、生息地域によって明確に分かれていることが判明し、現在では主に「ニシキリギリス」と「ヒガシキリギリス」の2種(または亜種)に大別されています。
また、キリギリスの仲間(キリギリス科)には、ウマオイやヤブキリなど、姿や生態がよく似た魅力的な昆虫が数多く存在します。
代表的なキリギリスの種類と特徴
ここからは、私たちが日常で出会う機会の多い代表的なキリギリスの仲間について、詳しい特徴を見ていきましょう。
1. ニシキリギリス(Western Katydid)
日本の主に近畿・中国・四国・九州、および中部地方の一部にかけて分布する、西日本を代表するキリギリスです。
- 外見的特徴
体長はオスで約35〜45mm、メスで約40〜50mm(産卵管を含む)ほどになり、がっしりとした太い体躯を持っています。
体色は綺麗な緑色の個体と、渋い茶褐色の個体が存在し、周囲の草むらや枯れ草の環境にうまく溶け込む保護色となっています。
オスの前羽には発音器が発達しており、特有の黒褐色斑紋が見られます。 - 生態と生息地
日当たりの良い丈の低い草むらや 河川敷、農耕地の周辺などを好みます。
日光浴を好むので、日中の暑い時間帯に草のてっぺん近くまで登って鳴いている姿がよく見られます。
非常に警戒心が強く、人が近づくと素早く草の根元に隠れてしまいます。
2. ヒガシキリギリス(Eastern Katydid)
主に北海道、東北、関東、甲信越地方などの東日本に広く分布するキリギリスです。
- 外見的特徴
ニシキリギリスと姿形は酷似しており、一目で見分けるのは至難の業です。
体長もほぼ同等ですが、一般的にヒガシキリギリスの方が羽にある黒い斑点模様がやや濃く目立つ傾向があります。 - 生息域の分断
かつては同一種とされていましたが、糸魚川-静岡構造線周辺の地域(いわゆる東西の境界線)を境に生息域が分かれています。
このような地理的隔離と進化の過程により、見た目はそっくりなまま鳴き声や遺伝子に独自の違いが生じたと考えられています。
3. ハヤシノウマオイ(Forest Katydid)
キリギリス科ウマオイ属に分類される昆虫で、厳密にはキリギリスそのものとは別種ですが、草むらに生息する姿や生活史が酷似しているので、よく混同されます。
- 外見的特徴
キリギリスに比べて全体的にスリムで華奢な体型をしています。
特に目立つのは体長を大きく超える超ロングな触角です。
体色は鮮やかな淡い緑色で、背中の中心に一本の太い褐色線が走っているのが特徴です。 - 生態
その名の通り、やや樹木が多い場所や林縁、雑木林の周辺、ブッシュ(藪)などを好みます。肉食傾向がキリギリスよりもさらに強く、夜間に小型の昆虫を活発に捕食します。
鳴き声で種類を判別しよう!
草むらから聞こえる鳴き声は、種類を瞬時に特定するための最も確実な方法です。
それぞれの声を聞き分けるポイントをまとめました。
| 種類 | 鳴き声のパターン | 特徴と発生頻度 |
| ニシキリギリス | ギーッ・チョン | テンポ良く歯切れが良い。単調だが非常に力強い音量。 |
| ヒガシキリギリス | ギース・ギース・ギース… | 「シーシー」や「ギース」と聞こえる。連続的で途切れにくい。 |
| ハヤシノウマオイ | スイッチョ、スイッチョ | 馬を追う掛け声に似ている。ゆっくりとした二拍子のリズム。 |
ニシキリギリスの鳴き声
「ギーッ」という濁った長音のあとに「チョン」という短い音を挟む、「ギーッチョン、ギーッチョン」という極めて有名なフレーズで鳴きます。
テンポが明確で、日中の太陽が照りつける時間帯に最も盛んに鳴き誇ります。
ヒガシキリギリスの鳴き声
ニシキリギリスのような明確な「チョン」という切れ目がなく、「ギース、ギース」あるいは「シーシーシーシー」と高めの音で連続して鳴き続けます。
ニシキリギリスよりも少し引き延ばすような鳴き方をするため、一度覚えればすぐに聞き分けられます。
ハヤシノウマオイの鳴き声
「馬追い」という名の由来になった通り、かつて馬を追うときに掛けた声になぞらえて「スイッチョ、スイッチョ」と鳴きます。
清涼感のある独特のリズムで、主に夕方から夜間にかけて林の近くから聞こえてくるのが特徴です。
観察・採集時のポイントと注意点
もし野外でキリギリスの仲間を探したり、捕獲して観察したい場合は、以下のポイントを意識してみましょう。
- 声のする場所を焦らず特定する
キリギリスは警戒心が強く、足音や影を感じるとすぐに鳴きやんで草の根元へ滑り落ちます。
鳴き声が聞こえたら足を止め、声の方向をじっくり見極めてからゆっくり近づきましょう。 - 強い大顎に注意する
キリギリスは昆虫界でもトップクラスの噛む力を持ちます。
捕まえる際に油断して指を噛まれると、出血するほどの痛みを伴うことがあります。
捕獲する際は胸部の後ろ(背中側)をやさしくつまむか、虫取り網を使用するのが安全です。 - 飼育する際のエサ
もし持ち帰って飼育する場合は、ナスやキュウリなどの野菜だけでなく、煮干しやカツオ節、ドッグフードなどのタンパク質を必ず与えてください。
肉食性が強いため、タンパク質が不足すると共食いやストレスの原因になります。
まとめ:鳴き声に耳を傾けて秋の訪れを感じよう
一見するとどれも同じような「緑色の大きなバッタ」に見えるキリギリスですが、生息している地域や鳴き声に注目すると、それぞれの個性がはっきりと見えてきます。
- 力強く「ギーッチョン」と鳴く西の横綱ニシキリギリス
- 連続音で「ギース・ギース」と鳴く東の代表ヒガシキリギリス
- 涼しげに「スイッチョ」と奏でるハヤシノウマオイ
散歩の途中や近所の公園、河川敷などを歩く際は、ぜひ足元の草むらに耳を澄ませてみてください。
彼らが奏でる賑やかなオーケストラから、季節の移り変わりや自然の深さをよりいっそう感じられるはずです。

