日本の里山を舞う、堂々たる国蝶オオムラサキ。
その美しい姿とは裏腹に、オオムラサキの食生活は非常に厳しく、幼虫と成虫で食べるものが全く異なります。
特に、彼らの食性は生息環境に強く結びついており、何を食べるかを知ることは、オオムラサキの生態、生息地、そして保護の現状を理解する上で欠かせません。
本記事では、オオムラサキがその一生で何を食べるのかを「幼虫」と「成虫」に分けて解説。
成虫が集まる樹液の「酒場」の様子や、飼育時に役立つ人工餌についてもご紹介します。
【幼虫のエサ】命をつなぐ唯一の食草「エノキ」
オオムラサキの幼虫は、昆虫の中でも非常に偏食で知られる「単食性」のスペシャリストです。
食草はエノキ・エゾエノキ「一択」
オオムラサキの幼虫が食べるのは、ニレ科のエノキ(榎)、または寒冷地に生えるエゾエノキの葉のみです。
- なぜエノキだけなのか?
蝶の幼虫は、特定の植物に含まれる化学物質を解毒し、栄養として利用する能力を進化させてきました。
オオムラサキの幼虫も例外ではなく、エノキ以外の葉を食べても栄養にならず、生きていくことができません。 - 卵とエノキの関係
メスのオオムラサキは、必ずこのエノキの葉の裏に卵を産み付けます。
卵から孵化した幼虫は、まず卵の殻を食べることで、エノキの葉を食べることを覚えると言われています。
幼虫期の食生活と成長
幼虫は、翌年の春まで約10ヶ月もの長い期間、エノキの葉を食べて過ごします。
- 越冬明けの食欲
秋に孵化した幼虫は、4齢(または3齢)でエノキの根元の落ち葉の下で越冬します。
翌春、エノキが芽吹き始めると、幼虫は目を覚まし、驚異的なスピードで葉を食べ始め、終齢(6齢)へと急成長します。 - 食痕(しょくこん)の変化
幼い頃の幼虫は、葉の真ん中に穴を開けるように食べますが、成長すると葉の端から食べ進めるようになります。
【成虫のエサ】花の蜜には見向きもしない「樹液の王」
幼虫時代にエノキの葉を食べてエネルギーを蓄えたオオムラサキは、成虫になるとエサを一変させます。
雑木林の「樹液」が主食
オオムラサキの成虫は、花の蜜をほとんど吸いません。
彼らのエネルギー源となるのは、主に以下のものです。
- 樹液(じゅえき)
クヌギやコナラなどの広葉樹の幹から染み出る樹液が、成虫の主食です。
この樹液は糖分やアミノ酸が豊富に含まれ、発酵することでアルコール分を含むこともあります。
オスは、樹液の出る場所を縄張りとし、カブトムシやクワガタムシといった他の昆虫を威嚇し、追い払う姿がよく見られます。 - 腐果(ふか)や獣糞
地面に落ちて発酵した果実の汁や、動物の排泄物(獣糞)に含まれる水分やミネラルも、オオムラサキの大切な栄養源となります。
なぜ樹液を好むのか?
オオムラサキを含むタテハチョウ科の一部は、体の維持と繁殖に必要なミネラルやアミノ酸を花の蜜だけでは十分に摂取できません。
腐敗物や樹液は、これらの栄養素を豊富に含んでいるため、彼らの生存に不可欠なエサとなっています。
【飼育・観察】人工餌の作り方と観察のヒント
オオムラサキを飼育したり、観察したりする際には、彼らの食性を利用した工夫が必要です。
飼育で使える「発酵人工餌」のレシピ
自然界で樹液を見つけられない場合や、人工飼育を行う場合、オオムラサキは発酵させた人工的な餌を好んで吸います。
| 材料 | 割合 | 備考 |
| カルピス(原液) | 約 10 | 糖分・アミノ酸を供給するベース。 |
| 焼酎(または日本酒) | 約 1 | 発酵を促し、匂いをつける。 |
| 熟れたバナナ | 適量 | 匂いを強め、誘引効果を高める。 |
- 作り方
これらの材料を混ぜて数日発酵させ、スポンジや脱脂綿に吸わせたものを成虫に与えます。
この独特な匂いが、樹液を求めているオオムラサキを強く誘引します。
観察のヒント:エサ場でオオムラサキを探す
オオムラサキを探す最適な方法は、彼らのエサ場である樹液の出る木を見つけることです。
- 夏の午後を狙う
成虫の活動が活発になる6月下旬〜8月中旬の午後に、クヌギやコナラの幹を注意深く観察しましょう。 - 樹液の出る場所のサイン
カブトムシ、クワガタ、他のタテハチョウ(ゴマダラチョウなど)が集まっていたり、幹が黒く湿っていたりする場所は、オオムラサキの「酒場」である可能性が高いです。
まとめ:食性から見えるオオムラサキの未来
オオムラサキは、幼虫はエノキ、成虫はクヌギ・コナラの樹液と、里山に特化した食性を持つがゆえに、この雑木林環境の維持が生命線となります。
彼らが生きるために必要な食料が確保され、「エノキ」と「樹液酒場」が共存する豊かな環境こそが、国蝶オオムラサキの未来を左右すると言えます。


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