夏の陽射しが降り注ぐ草むらで、獲物を狙い澄ます緑色の影――。
その正体こそ、昆虫界の最も効率的で獰猛な捕食者であるカマキリです。
その独特の鎌のような前脚は、まさに生き物を捕らえるために最適化された形をしており、多くの人々がその狩りの姿に魅了されてきました。
「カマキリって一体何を食べて生きているの?」「もし飼育するなら、どんな餌をあげれば健康に育つのだろう?」そうした疑問は、カマキリに興味を持つ誰もが抱くことでしょう。
この記事では、カマキリが自然界でどのような食生活を送っているのかという基本的な食性から、ご自宅でカマキリを飼育する際に不可欠な餌の種類、正しい与え方、そして注意すべき点まで、カマキリの食性にまつわる全てを徹底的に深掘りして解説します。
カマキリの飼育を検討している初心者の方から、さらに知識を深めたい愛好家の方まで、きっと役立つ情報が満載です。
カマキリは生きた獲物を捕らえる「純粋な肉食ハンター」
カマキリの食性は極めて特化しており、彼らは生きた昆虫や小動物のみを捕食する、純粋な肉食動物です。
植物を食べることは一切なく、彼らの生命活動は全て動物性タンパク質によって支えられています。
自然界におけるカマキリの多様な獲物たち
自然界に生息するカマキリは、その生息環境、自身のサイズ、そして獲物の出現状況に応じて、多種多様な生き物を捕らえて食べます。
彼らの主要な獲物は、彼ら自身よりも小さい、あるいは同程度の大きさの昆虫たちです。
- バッタやコオロギ
これらはカマキリの最も一般的な主食であり、草むらで最も頻繁に出会う獲物です。
栄養価が高く、比較的動きも予測しやすいため、カマキリにとっては捕らえやすいターゲットとなります。 - ハエやアブ
空中を素早く飛び回るこれらの昆虫も、カマキリの驚異的な反応速度と正確な捕獲能力の前には無力です。
カマキリは、獲物が飛んできた瞬間に鎌を伸ばし、空中で捕らえることもあります。 - チョウやガ
優雅に舞うチョウや夜に活動するガも、カマキリの獲物となります。
特に、静止しているところや樹液を吸っている隙を狙って捕食します。 - クモ
昆虫ではありませんが、カマキリはクモも積極的に捕食します。
クモの糸に絡まっても、器用に鎌を使って脱出し、反撃に転じることもあります。 - 小型のイモムシやアオムシ
動きが比較的鈍いこれらの幼虫は、特に成長期のカマキリの幼体にとって捕らえやすい餌となります。 - その他の小型昆虫
カマキリは非常に貪欲で、機会があればてんとう虫、ゴミムシ、甲虫の幼虫など、様々な小型昆虫を捕食します。
驚異的な捕食戦略と食性の広がり
カマキリの捕食行動は、まるで精密機械のように洗練されています。
彼らはまず、完璧な擬態(多くは緑色や茶色)によって周囲の環境に溶け込み、獲物に見つからないよう静かに待ち伏せます。
獲物が射程圏内に入ると、その大きな複眼と動体視力で獲物との距離や動きを正確に把握し、わずか0.05秒から0.1秒という瞬時に鎌を伸ばして捕らえます。
この速度は、人間のまばたきよりも遥かに速く、まさに「電光石火」の捕獲術です。
一度鎌に挟まれた獲物は、鋭いトゲによって固定され、まず逃れることはできません。
特筆すべきは、カマキリの食性の広さです。
彼らは基本的に自分よりも小さな昆虫を食べますが、中には自分と同じくらいの大きさの相手、あるいは小型のトカゲ、カエル、稀に鳥のヒナやネズミといった脊椎動物まで捕食したという報告もあります。
これは、カマキリの持つ圧倒的な腕力と、獲物を確実に仕留める能力の証であり、彼らが「昆虫界の王者」と呼ばれる所以の一つです。
飼育下のカマキリに与える餌|最適な選択と効果的な与え方

ご自宅でカマキリを飼育する場合、自然界と同じように生きた昆虫を与えることが絶対条件となります。
適切な種類の餌を適切な方法で与えることが、カマキリの健康維持と良好な成長に直結します。
1. 飼育におすすめの生きた餌の種類
カマキリの飼育に最適な餌は、栄養価が高く、比較的入手しやすい昆虫です。
- コオロギ(フタホシコオロギ、イエコオロギなど)
カマキリ飼育において、最も一般的で推奨される餌です。
ペットショップや爬虫類専門店で「生き餌」として通年販売されており、サイズも豊富なので、孵化直後の小さなカマキリから大型の成体まで、成長段階に合わせて適切な大きさのコオロギを選ぶことができます。
栄養バランスも比較的優れており、カマキリが食べやすい適度な動きをします。 - ミルワーム(ハニーワーム、ジャイアントミルワーム、デュビアなど)
これらのワーム類も良い餌源となります。
特にミルワームは入手しやすく、保管も比較的容易です。ハニーワームは脂肪分が多く嗜好性が高いため、食が細い個体にも有効です。
デュビア(ゴキブリの一種)は栄養価が高く、繁殖も容易なため、専門の飼育者によく利用されますが、一般家庭での飼育には抵抗があるかもしれません。
これらのワーム類は動きが鈍いため、カマキリが気づきにくい場合は、ピンセットなどで目の前に差し出し、軽く動かして刺激を与えてあげると捕食しやすくなります。 - ハエ(キイロショウジョウバエ、イエバエなど)
特に孵化したばかりの小さなカマキリの幼体(初齢~2齢)には、市販されているキイロショウジョウバエが非常に有効です。
動きが小さく、幼体が捕まえやすいため、初期の成長をサポートします。大型のカマキリにはイエバエなどが利用できます。- 重要注意点
野外で捕獲したハエ(特にスプレーをかけられた可能性のあるもの)は、農薬や殺虫剤、病原菌が付着している可能性があるため、絶対に与えないでください。
安全性を考慮し、必ずペットショップなどで販売されている飼育用のハエ、またはご自身で清潔な環境で繁殖させたハエを使用しましょう。
- 重要注意点
- 野外の小昆虫(自己採集)
無農薬の環境で捕獲したバッタの幼虫、小型のチョウ、ガの幼虫(アオムシなど)などは、バラエティに富んだ栄養を供給できるため、時々与えるのは良いでしょう。
ただし、毒を持つ可能性のある昆虫(テントウムシ、毛虫、ハチの仲間など)や、カマキリにとって大きすぎる獲物、あるいは農薬散布された場所で捕獲した昆虫は絶対に与えないでください。
捕獲する際は、安全な場所を選び、カマキリに害を及ぼさないことを確認することが極めて重要です。
2. 餌の与え方の具体的な手順と頻度
カマキリの成長段階や個体の状態に合わせて、餌の量と頻度を調整することが大切です。
- 餌のサイズ
与える餌の昆虫は、カマキリの体長よりも一回り小さいか、あるいは同程度の大きさを目安にしましょう。
あまりにも大きすぎる獲物は、カマキリが捕らえきれなかったり、逆に反撃されてカマキリ自身が傷ついたりするリスクがあります。 - 与える頻度と量
- 幼体(孵化直後~亜終齢)
この時期は成長が非常に早いため、毎日~2日に1回程度、カマキリのお腹がパンパンになるまで、惜しみなく与えましょう。
脱皮を繰り返すたびに体が大きくなるため、餌のサイズも徐々に大きくしていきます。 - 成体(終齢脱皮後
成長が一段落し、繁殖にエネルギーを費やすようになるため、2~3日に1回程度で十分です。
メスは産卵前や産卵中は、卵を形成するための多大なエネルギーを必要とするため、オスよりも頻繁に、そして多めに餌を与えても良いでしょう。
- 幼体(孵化直後~亜終齢)
- 効果的な与え方
- 餌の昆虫を飼育ケース内にそっと放します。
カマキリは動くものに反応するため、餌が動き回ることでカマキリの注意を引きます。 - カマキリが餌を認識し、捕獲するのを静かに待ちます。
カマキリの視野は広いため、少し離れた場所に置いても気づくことがあります。 - もしカマキリが餌に気づかない、あるいは食欲がないように見える場合は、清潔なピンセットの先端で餌を優しく摘み、カマキリの目の前で軽く動かして刺激を与えてみましょう。
カマキリが鎌を構えるそぶりを見せたら、少し離して捕獲させるように誘導します。 - カマキリが餌を捕らえ、食べ始めたら、基本的にそのまま見守ります。
途中で無理に触ったり、邪魔をしたりしないようにしましょう。
- 餌の昆虫を飼育ケース内にそっと放します。
- 食べ残しは速やかに除去
カマキリが餌を完全に食べ終わったら、食べ残した部分は速やかに飼育ケースから取り除きましょう。
食べ残しを放置すると、ダニやカビの発生源となり、衛生状態の悪化や病気の原因につながります。
飼育時の餌に関する重要な注意点とトラブル対策
カマキリを健康に、そして安全に飼育するためには、餌に関する以下の注意点を厳守することが不可欠です。
- 絶対に与えてはいけない餌
- 死んだ昆虫
カマキリは動きを感知して獲物を捕らえるため、基本的に死んだ昆虫には反応せず、食べません。 - 加工食品や人間の食べ物
パン、野菜、果物、肉の加工品など、人間が食べるものは絶対に与えないでください。
カマキリの消化器官には適しておらず、体調を崩したり、命に関わる病気を引き起こしたりする原因となります。 - 毒性のある昆虫
スズメバチ、アシナガバチ、ケムシ(毒針を持つもの)、テントウムシ(体内に毒を持つ)など、毒を持つ可能性のある昆虫は、カマキリに捕食させることで深刻な害を及ぼす可能性があるため、絶対に与えないでください。 - 農薬が付着した昆虫
前述の通り、野外で捕獲した昆虫は、農薬や殺虫剤が付着している可能性があります。
これはカマキリにとって猛毒となり得るため、リスクを避けるために与えないことが賢明です。
- 死んだ昆虫
- 餌切れは致命的
カマキリは純粋な肉食性昆虫であるため、餌が切れると非常に早く衰弱してしまいます。
特に幼体は成長のために継続的な栄養補給が必要です。
旅行などで数日家を空ける場合は、出発前に十分に餌を与えておくか、信頼できる人に世話を頼むなどの対策を必ず行いましょう。 - 適切な水分補給
カマキリは餌からも水分を摂取しますが、それだけでは十分でない場合があります。
飼育ケースの壁面やレイアウト材(葉など)に、清潔な霧吹きで軽く水を吹きかけるなどして、適度な湿度と水滴を与えましょう。
カマキリは水滴を直接飲むことができます。
特に脱皮前後の個体や乾燥しやすい環境では、こまめな水分補給が重要です。 - 脱皮前後の給餌は厳禁
カマキリは脱皮の数日前から餌を食べなくなり、脱皮中は体が非常に柔らかく、無防備な状態になります。
この時に無理に餌を与えると、脱皮不全を引き起こしたり、怪我をさせたりする可能性が非常に高まります。
脱皮が完全に終わり、カマキリの体が固まるまで(通常は半日~1日程度)は、絶対に餌を与えないようにしましょう。
まとめ
カマキリは、その特異な姿だけでなく、生きた昆虫のみを捕食するという徹底した肉食性が、彼らを昆虫界の食物連鎖の頂点に君臨させています。
自然界では多様な小昆虫を捕らえ、生態系のバランスを保つ上で欠かせない重要な役割を担っています。
ご自宅でカマキリを飼育する際は、コオロギやミルワームといった安全で入手しやすい生き餌をカマキリの成長段階やサイズに合わせて適切に与えることが、健康に長く飼育するための鍵となります。
餌の鮮度、量、与える頻度、そして与えてはいけない餌の種類をしっかりと理解し、適切な飼育環境を整えることで、カマキリはその力強く、そして魅力的な捕食行動を私たちに見せてくれるでしょう。
カマキリの食性を深く理解し彼らのニーズに応じた飼育を行うことで、生命の神秘とたくましさを間近で観察する素晴らしい体験ができます。
ぜひ、カマキリとの共生を楽しみ、彼らの魅力にどっぷりと浸ってみてください。
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